深夜二時。天井を見上げながら、俺は三回目の初デートをやっていた。
脳内で。
待ち合わせは駅の改札。彼女が少し遅れてきて、走ってきたせいで前髪が乱れてる。そこで俺が一言。……ここまで作り込んで、実際には声もかけてなかった。翌朝の自分の顔、鏡で見たときの気まずさ。歯ブラシくわえたまま笑っちゃったよ。
男が好きな人に対してやってる妄想って、こういうやつ。ドラマチックじゃない。むしろ地味。そして本人が思ってる以上に、ずっと長い時間やってる。
男が脳内で流してる映像、だいたい七本立て
助手席、コンビニ、なんでもない時間
いちばん多いのがこれ。びっくりするくらい多い。
車の助手席に座ってる姿。眠そうにしてる横顔。コンビニで一緒に飲み物を選んでて、彼女がなんかよくわからん新商品を手に取る場面。部屋でテレビを見ながら二人ともスマホをいじってる、あの無言の時間。
派手さゼロでしょ。でも本命ほどここに来る。
理由ははっきりしてる。日常って、独占してないと成立しないから。イベントは他人とも共有できる。なんでもない火曜の夜は、そばにいる人間しか持ってない。男が欲しがってるのは、そのポジション。
だから妄想の中身が地味なほど、気持ちは重い。派手な妄想しか出てこない相手は、正直そこまで本気じゃない。俺の観測では、ほぼ外れない。
会話の先読みと、送ってない下書き
LINEの返事、脳内で三パターン作ってから送る。
これ、男ならけっこうやる。彼女がこう返してきたらこう返す。冗談で返されたらこっち。既読無視されたら……そこまで考えて、勝手に落ち込む。
俺もやってた。二十四のとき、送信ボタンの前で十五分固まったことがある。指先が冷たくなってた。結局送ったのが、了解、の三文字。十五分かけて三文字だぞ。ダサすぎて笑えない。
会話のシミュレーションは、緊張の裏返し。失敗できないと思ってる相手にしか発動しない。逆に言えば、脳内リハーサルなしで話しかけられる相手は、その人にとって本命じゃない。
助けに行く自分。全員やってるやつ
彼女がピンチになって、自分が駆けつける。
風邪をひいたときに看病する。困ってるところを助ける。誰かに絡まれてるところに割って入る。
恥ずかしいけど、ほぼ全員がこれをやる。俺も例外じゃなかった。二十代前半、好きな子が終電を逃したときに颯爽と迎えに行く場面を、たぶん五十回は再生した。当の本人、免許持ってない俺のことを完全に友達として扱ってたんだけどね(笑)
なんでこの映像が生まれるかというと、必要とされたいから。好きな相手に対して、男は自分の存在理由を探す。役に立つ場面を勝手に作って、そこに自分を置く。承認の飢えが、ヒーローの形をして出てくるだけの話。
そこから先は、だんだん重たくなっていく
十年ぶん飛ばして、名字を並べる
告白もしてないのに、結婚後の生活が浮かぶ。
彼女の下の名前に自分の名字をくっつけてみる。実家に連れて行く場面。式場の雰囲気。子どもの人数まで決まってる男、実在します。
飛距離がおかしいと思うでしょ。でも当人にとっては自然な流れなんだよ。手前がスカスカだから、遠くまで一気に飛べる。近くに材料がないと、人の想像は遠方に逃げる。
このタイプの妄想が濃い男は、たいてい現実の進行が止まってる。未来が細かいほど、今日の一歩を踏み出してない。俺が現場で見てきた男たちも、そうだった。声をかけられない人ほど、脳内では結婚してる。
いない男に嫉妬して、一人で不機嫌になる
彼女がインスタに上げた写真の隅に、男の手が写ってる。
そこから始まる勝手な物語。誰だあれ。付き合ってるのか。いや飲み会か。でも距離が近い気がする。
深呼吸してもおさまらない。スマホを置いて、また拾って、拡大して見る。この時点で相手はただの同僚の腕だったりする。
ここが妄想のいちばん危ない領域。楽しい映像だけならまだいい。嫉妬の妄想は、自分の機嫌を実際に壊しにくる。翌日の連絡が素っ気なくなって、相手は理由もわからないまま距離を感じる。誰も何もしてないのに、関係だけが冷える。
俺の後輩がこれで一人、逃した。写真に写ってた男、その子の弟だった。……救われない話だよ、ほんとに。
振られる場面を、先に見て、先に傷つく
意外と語られないやつ。
告白して断られる瞬間を、事前に何度も再生する。相手の申し訳なさそうな顔まで作り込んで、勝手にダメージを受ける。
防衛なんだよね、これ。先に痛みを味わっておけば、本番が軽くなる気がする。実際は軽くならない。予行演習でメンタルだけ削って、本番に行く体力が残らないパターンがほとんど。
告白できない男の脳内には、たいていこの映像がある。好きだからこそ、失う場面を先に見てしまう。
体の話は、思ってるより順位が低い
女性側が気にするのはここだと思う。結局そういう妄想でしょ、って。
否定はしないよ。あるにはある。ただし順位が違う。
本気の相手に対して男が最初に浮かべるのは、肌よりも生活。手をつなぐより、隣を歩いてる場面。俺が現場で数えきれないほど男の恋愛相談を受けてきて、感じたのはそこ。露骨な妄想を口にする男ほど、その相手に対して本気度が低かった。
軽く扱ってる相手ほど、体の話しか出てこない。大事な相手ほど、話すのは面倒な日常のほう。この差、けっこう正確な物差しになると思う。
なんで男はここまで脳内で作り込むのか
情報が足りないから、勝手に埋まる
恋の初期って、相手のことを何も知らない。
好きな食べ物、休みの日の過ごし方、機嫌が悪いときの態度、全部わからない。人間の脳は、その空白を放っておけない。手持ちの断片から、それっぽい像を勝手に作る。
つまり妄想は、情報不足の副産物。だから知り合ってすぐの時期がいちばん激しくて、実際に何度か会うと落ち着く。妄想が減ったから冷めた、と勘違いする人がいるけど、順序が逆。埋まったから、作る必要がなくなっただけ。
声をかけられない男に共通していたもの
スカウト時代、後輩を何人も育てた。伸びない子には共通点があった。
準備が多すぎる。
声のかけ方を考えて、相手の返事を予想して、その先の会話まで用意する。用意してるあいだに相手は歩いて行く。手元のメモには完璧な台本。街には誰もいない。
夜の路上で、ひたすら人が通り過ぎるのを眺めてる後輩の背中。あれを何回も見た。声をかけない理由を探すのが上手くなっていく過程を、横で見てるのはしんどかった。
恋愛も同じ。妄想は準備に似てる。準備してる感覚があるから、動いてない事実に気づけない。
妄想が現実を殺す瞬間
初デートで、脳内の子と話してた後輩
三年前の話。後輩が半年片思いした子と、ようやく食事に行った。
帰ってきて言うんだよ。思ってたのと違った、って。
聞いたら、想像より声が低かった、笑い方が違った、リアクションが薄かった。……いや、それお前が作った人と比べてるだけだろ。
半年ぶん作り込んだ像が濃すぎて、本物が劣化版に見える。これ、けっこう起きる。妄想は解像度だけ上がって、事実は一つも増えてない。落差だけが積み上がっていく。
その子とは二回目がなかった。彼女は何も悪くない。相手の脳内にいた別人に負けただけ。
俺が三年前にやらかしたやつ
人のことは言えない。
俺も一度、勝手に期待して勝手に落ち込んだことがある。連絡の頻度から相手の気持ちを読み取ったつもりになって、脳内で関係を一段階進めた。そのつもりで会いに行ったら、向こうは普通に友達の距離感だった。
帰り道、駅のホームで電車を二本見送った。ベンチに座って、缶コーヒーを握ったまま何もしてない三十分。ぬるくなってから飲んだ。まずかった。
あれは自分で仕掛けた罠だった。相手には一ミリの落ち度もない。
妄想は捨てなくていい。上映時間だけ削る
好きな人のことを考えるのが悪いわけない。むしろそれが消えたら、恋してないだけの話。
問題は比率。頭の中で百時間かけて、現実には一通も送ってない。この状態が続くと、脳内の関係だけが成熟して、実際の距離は初日のまま固定される。
やり方は単純。妄想を一本再生したら、そこから一つだけ現実に持ち込む。会話のシミュレーションをしたなら、その中の一言を実際に送る。助手席の場面が浮かんだなら、車の話を振ってみる。全部やらなくていい。一行でいい。
女性側にも一つだけ。妄想されてるかどうかを気にしてるなら、たぶんされてる。日常の断片で。派手じゃない場面で。ただし、それは彼が動く保証にはならない。妄想の濃さと行動力は、悲しいほど関係がない。
俺は今も、たまに脳内で余計な映像を流す。癖は抜けない。ただ、流し終わったら必ずスマホを開くようにしてる。

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