完璧に見せようとしてる男が、なぜかモテない。いつも余裕があって、仕事もできて、何でも知ってて、隙がない。客観的に見るとスペック高いのに、女性が寄ってこない。なんでだろうって本人が一番分かってないことが多い。
スカウトで路上に立ってた頃、これをめちゃくちゃ見てきた。同僚の中に、スペックは申し分ないのに女性との関係が全然続かない人がいた。逆に、特別すごいわけじゃないのに女性に好かれ続けてる人もいた。差はどこにあるか、長い時間をかけて観察してたら見えてきたことがある。弱みを見せられるかどうか。それだけだった。
弱みを見せることがなぜ恋愛で機能するのか
完璧な人間のそばでは緊張する
完璧に見える人の前に立つと、こっちも完璧にしなきゃという感覚になる。
言葉を選びすぎる、失敗できない、弱い部分を出せない。その緊張感が、一緒にいることへの疲れとして蓄積されていく。どれだけ魅力的な人でも、そばにいると消耗する人は遠ざかられる。
逆に、弱い部分を持ってる人のそばでは緊張が解ける。自分も弱くていい、完璧じゃなくていいという安心感が生まれる。その安心感が、一緒にいたい、という感覚に変わる。スカウト時代に自己開示が上手だった先輩がいた。仕事のミスを普通に話す、方向音痴で道に迷ったと笑って言う、料理が全くできないと話す。そういう話をする先輩のそばに、女性がよく集まってた。弱みが磁石になってた。
信頼の返報性が働く
自分の弱みを見せるという行為は、この人を信頼してる、というメッセージになってる。
信頼してくれた人には信頼を返したくなる。これ、人間の本能みたいなもの。弱みを見せてくれた相手に、こっちも何かを開示したくなる気持ちが自然に生まれる。
その互いの開示が積み重なって、距離が縮まっていく。弱みを見せることは、距離を縮めるための最速の動きの一つ。
人間らしさが好意につながる
完璧な人って、どこか近寄りにくい。
でも弱い部分を見せた瞬間、あ、この人も自分と同じ人間だ、という感覚が生まれる。同じ人間だと感じた時に、親近感と好意が重なりやすい。
心理学でいうプラトニックラブじゃなくて、もっと素の感情として、この人のことが好きだという気持ちが生まれやすくなる。完璧さへの憧れじゃなくて、弱さへの共感から来る好意の方が、長続きする関係を作りやすい。
弱みを見せる具体的な方法
日常の中の小さな失敗を話す
大きな弱みじゃなくていい。むしろ小さい方がいい。
今日電車を乗り過ごした、料理が壊滅的にできない、地図が全く読めない、虫がどうしても怖い。こういう日常の中の小さなことを、笑いながら話せると最強。
重大な弱みを告白するより、軽い失敗談の方が受け取りやすい。相手が「あ、私もそういうことある」となりやすい。そのシンクロが、距離を縮める。
スカウトで路上に立ってた頃、自分が使ってたのが「実は今日も迷子になった」という話だった。声をかけた女性に「この辺、よく来るんですか?」と聞きながら「自分は毎回なんか迷うんですよ」って言う。笑ってくれた瞬間に場が緩んで、その後の会話が全然違う流れになることが多かった。
不得意なことを素直に言う
得意なことをアピールするより、不得意なことを素直に言う方が距離が縮まることがある。
「お酒が全く飲めなくて」「映画とかあんまり見ないんですよね」「実は結構内向的で」みたいに。自分のできないことや苦手なことを、恥ずかしがらずに言える人って、それだけで信頼感がある。
隠してる感がない人のそばは、居心地がいい。居心地いい人と一緒にいたくなる。
感情を見せる
これが一番難しくて、一番効く。
嬉しかった話、怖かった話、緊張した話、感動した話。感情が動いた体験を話せる人って、そこに人間らしさが出る。
喜怒哀楽を出せる人のそばにいると、こっちも感情を出していい気持ちになる。感情を出せる関係になった時、人はその関係を大切にしたくなる。
スカウト時代、感動したことを話した日は会話が長くなることが多かった。映画で泣いた話、仕事で失敗して落ち込んだ話、好きだったものが終わってしんどかった話。感情が乗ってる話って、受け取ってる側も感情が動く。感情が動いた記憶って、その人への印象として残りやすい。
相談する
相談するという行動は、弱みを見せる中で一番直接的な方法。
「ちょっと相談していいですか?」という言葉を言える人って、相手への信頼を示してる。信頼を示された側は、頼ってもらえた、という感覚になる。頼ってもらえた感覚は、相手への好意につながりやすい。
ただし重すぎる相談は逆効果になることがある。まだ関係が浅い段階での深刻な話は、受け取る準備ができてない相手には荷が重い。軽めの悩みから始めて、関係が深まるにつれて深い相談ができる関係を作っていく。
弱みの見せ方で失敗するパターン
同情を引こうとしてる感が出る
弱みを見せることと、同情を求めることは全然違う。
「実は俺って昔から不幸で」「周りに恵まれてなくて」みたいに、可哀想でしょという下心が透けてる話し方をしてしまう人がいる。
同情を引こうとしてる感って、受け取った側が負担になる。可哀想な人の話を聞き続けることへの疲れが生まれる。弱みを見せるのは、共感を得るためであって、同情を得るためじゃない。
笑いながら話せる弱みか、話してて自分が楽になる話し方ができるか。そこが境界線。
自虐が止まらなくなる
一個の弱みを笑い飛ばすのはいい。でも自虐が連続してくると、自己肯定感が低い人という印象になってしまう。
「俺ってほんとダメで」「全然できないんですよ」「どうせ自分なんて」みたいに続くやつ。聞いてる側が「フォローしなきゃ」という気持ちになって、疲れてくる。
弱みは一個見せたら、次は相手の話に移る。自虐のターンを長くしない。
重すぎる弱みをいきなり出す
過去のトラウマ、深刻な病気の話、家族の問題、お金の話。これらを関係が浅い段階で出してしまうと、受け取れる状態じゃない相手には荷が重い。
弱みにも段階がある。最初は軽い失敗談、少し関係が進んだら不得意なことや恥ずかしい話、さらに信頼関係ができてきたら深い話。この段階を飛ばすと、受け取れないものを渡してしまうことになる。
強がりと弱みを行き来する
普段は余裕ぶってるのに、特定のタイミングだけ弱みを見せようとする。
この不一致って、相手に感じ取られる。なんか今だけ弱い感じを出してきたな、という感覚。作ってる感が出た瞬間に、信頼から遠ざかる。
弱みを見せることを計算として使おうとすると、たいていバレる。自然に出てきた弱みだけが機能する。だから弱みを「使おう」とするより、隠すのをやめる、という発想の方が近い。
スカウト時代にリアルに感じた話
スカウトを始めて1年くらい経った頃、仕事がうまくいってた時期がある。数字も出てたし、女性との会話も慣れてきた。その頃の自分、なんか余裕ぶってたと思う。
失敗を話さなくなってた。弱い部分を隠すようになってた。かっこよく見せようとしてた。
その時期、連絡先は取れてるのに関係が続かなかった。会えるけど距離が縮まらない感じがずっとあった。
ある日、後輩に「なんか最近の先輩、話しかけにくくなりましたよ」って言われた。話しかけにくい。それを聞いた時、首の後ろが少し冷たくなった感じがした。
完璧に見せようとしてる人って、話しかけにくい。自分でそれをやってた。
そこから意識的に変えた。失敗した話を普通にする、知らないことは知らないと言う、怖かった話を笑いながら話す。そうしたら、なぜか連絡が続く関係が増えた。
弱みを見せることは、恥ずかしいことじゃない。隙を作ることが、人を近づける。スカウト時代に体で学んだことの中で、これが一番長く使えてる。

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